私の小学校低学年時代

あれから小学校時代のことを色々思い出したのだが、結構カオスな状況だった気がしてきたので書いていこうと思う

まず、私の通っていた公立の小学校は、人数がとても少なく、1学年1クラス20人前後の学校だった。なぜこんなに人数が少ないのかと少なくても学校が存続しているかというのには同じ理由があった。私の小学校には障害者学級があったのだ。近隣の小学校で障害者学級のある小学校は1つしかなかったので、たとえ人数が少なくても閉校するわけにはいかないという状況だった。また、人数が少ない理由も障害者学級があるためだった。縦割り班や学級活動などで障害者の子達と一緒に活動することも少なくなかったため、それを嫌がった親御さん達が、わざわざ違う小学校に入学させていたのだ。まあそんなわけで一緒の学年の子は6年間一緒に育ち、友達というより兄弟に近い関係性になっていた。

人数が少なくてもそこにいわゆる「問題児」は存在する。私のクラスにはかなりすごい「問題児」が1人存在していた。名前をN君とする。N君は今から思うと発達障害の多動性が顕著に現れている子だった。とにかく授業中じっと座っていることが出来ない。授業中しょっちゅう教室内を歩き回り、他の子にちょっかいをかけたりしていた。また、他害の傾向もある子で、気に入らないことがあるとすぐに機嫌が悪くなり、他の子や先生にまで暴力を振るう。それ以外にも、相手の嫌がることが大好きだった。彼が1年生の時には彼の中でスカートめくりが流行っており、女の子のスカートをよくめくっていた。私も1度被害にあったのだが、本当に嫌な気持ちがしたらしく、母親に「もう学校にはスカートを履いていかない」と言ったらしい。母親は最初、一時的な感情だろうと思い、朝、スカートを用意したこともあったそうだが、絶対に履かなかったらしい。私は以降、卒業するまで1回もスカートを履いて登校することはなく過ごした。そしてなぜか彼は私と私の親友Mちゃんを異様に気に入っており、教室の外で会うとつきまとわれたり抱きつかれたりした。1年生の頃に私が隣の席になった時には授業中に急に私の鼻の際に鉛筆の尖った方を刺してきた。かなり痛かった上に鉛筆が結構尖っていたため、鉛筆の先の方の鉛を鼻の際に埋め込まれた形となった。それに気づいた担任の先生は烈火のごとく彼を叱ったのだが、先生の声は彼の耳に届くわけもなく、彼の機嫌を悪くするだけで終わってしまった。1年生の時の担任の先生は子どもたちをかわいがり、一人一人と向き合ってくれる先生だったので、先生と相談し、先生は私を彼の隣の席には絶対にしないということを約束してくれた。この先生は3年生まで担任をしてくれたので、この約束は3年間に渡って続くこととなった。ちなみにこの時のけがの跡は今も残っており、鼻の際をよく見ると今でも黒い点が存在している。また、このNくんのせいで私は男性恐怖症のようなものに陥ってしまった。この後も中学校は女子校、高校は男子がとても少ない国際科の高校、大学は女子大に進んだ。バイト先も男性がほとんどいないバイト先を選んだ。これは中学校を選んだ時以外は特に意識的にしていたわけではなく、無意識的にそうしていた。なんとなく女性しかいない、もしくは少ない環境イコール安全という意識がいつも私の中にあった。小学校の頃に植えつけられた男性恐怖は無意識のうちに私を支配していたらしい。N君による他の子への嫌がらせ、ちょっかいは3年生になっても続いていたが、1年生〜3年生を担当してくれた女性教師が割と若く、可愛らしい先生でN君もデレデレだったことと、低学年の頃は暴力を振るったとしてもまだ力が弱かったこともあり、特段大きな問題は起きないまま過ぎて行った。今から思うと担任の女性教師がN君を上手く手なずけていたことが大きかったのだと思う。母親の言うことさえまともに聞かないN君が担任の先生の言うことだけは聞いていたのだから。

小学校高学年では更に状況は悪化するのだが、それははまた次回書こうと思う。

小学校でのゆとり教育の現状

なぜいきなりこんな記事を書こうと思ったかというと、今日、私の小学生時代の話を夫にした時に、ずっと心の片隅にあった小学校の教育に対する疑問が沸々と湧き上がってきたからだ。

最近、Twitterで話題になったいわゆる「さくらんぼ計算」問題だが、あのような問題は10年以上前の私の小学校でも頻繁に起こっていた。

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さくらんぼ計算」問題で例えると、私の小学校でもさくらんぼ計算式を書かずに答えだけ書いていたら、点数を減点されていたと思う。「思う」と書いたのは私は実際にそれをしなかったからだ。なぜしなかったのかというと、書かないと減点されることを理解していたからだ。「さくらんぼ計算」問題はまさに昨今の日本の初等教育を代表する分かりやすい事例だ。ゆとり教育下の小学校では、全てが「わからない子」向けに作られており、「わからない子」がわかる様になるために、様々な考え方を教えている。問題はそこではなく、その考え方をすべての子供に強制するところにある。「さくらんぼ計算」問題で例えると、「7+6」は「わかる子」ならばすぐに解答を導き出せるし、何回も問題を解く内に「7+6=13」であることを暗記してしまう。しかし、何回教えても「7+6」を解くことが出来ない子が存在する。そういう「わからない子」に向けて、解き方を分かりやすく説明するために「さくらんぼ計算」は存在するのだ。なので、そういう考え方を説明した上で「わかる子」は普通に問題を解いて解答すればいいし、「わからない子」は、「さくらんぼ計算」を用い、その過程を用紙に書くなりして解答を導き出せば良い。しかし、なぜか昨今の教育では全員「さくらんぼ計算」を使い、その過程をテスト用紙に書き残さなけらばならないとされてしまう場合が多いのだ。

私の場合、「7+6=13」であることは理解出来ていたのだが、授業での先生の発言を聞く限り、「さくらんぼ計算」で問題を解き、その過程をテスト用紙に書き残さなければ点数が減点されることは理解できており、絶対にそんなことで減点されたくないという強い気持ちがあったので、面倒でも計算式をテスト用紙に書くようにしていた。悲しいことに、私の小学校の算数の教師は「さくらんぼ計算」を教える時に、その方法で問題を解き、計算式を書き残さないとテストで減点することを何度も繰り返し生徒に力説していた。正直なぜそこまでするのか微塵も理解できないが、実際にそうだったのだから仕方がない。

さくらんぼ計算」問題のような教育に疑問を持つご家族のツイートを見る限り、お子さんは私の様にその方法で問題を解き、計算式を書き残しなさいということを教師に言われていたが、聞いていなかったという可能性もあるのかなと思う。もちろん、そうではないかもしれないし、それを言わずに勝手に減点する教師が居たらかなりひどいと思うが、頭がいい子というのは教師の話を聞いていないことが多いと感じる。私の小学校では、私が1回目の授業の最初の10分くらいで理解できることを5回の授業に渡って説明したりしていた。私は真面目な生徒で居たかったので真面目に授業を聞いていたが、頭がいい子はそんな授業は聞かなくなる可能性が高い。その間、暇になるので何をするかと言うと学習塾の予習復習だ。そんなことしても本末転倒だ!という意見が聞こえてきそうだが実際これがそうでもない。なぜなら、ゆとり教育下にある小学校で習っている内容より、中学受験のための大手学習塾で習う内容の方が遥かに進んでいるからだ。(ちなみにここで言う学習塾とは、個別教室の塾などは含んでおらず、あくまで中学受験で難関中学に合格することを目的としたスパルタ的な学習塾のことである)私の実際に通っていたのだが、本科授業が小学4年生から始まる塾で4年生で習った算数の内容で、兄の友達の6年生の算数の宿題を教えることが出来た。ちなみに私の兄は私より頭が良く、国立大学に現役合格したのだが、小学校は遊ぶために通っていると言っていた。学習塾で習う内容は魅力的で面白いが、小学校で習う内容は退屈でつまらないと言っていた。兄は学習意欲も高かったので、学習塾は熱が出ても休まなかったが、小学校は熱が出たら休んでいた。

これは、ゆとり教育の問題点である「浮きこぼれ」問題にも直結している。ゆとり教育はとにかく「わからない子」に合わせて作ってあるため、勉強ができる子は逆に周りから浮いてしまう。「浮きこぼれ」がどういう状態かと言うと、例えば10枚の算数のプリントがあったとする。この10枚は一つの単元の練習問題だ。これを解かせるために、まず、教師はその単元の内容を生徒に教える。教えを終わったところで、「ではプリントの練習問題をやってみましょう」となる。クラスの人数が20人だったとして、1番最初に10枚やり終えた時、1番遅い子はまだ2・3枚しか終わっていなかったりする。この場合、1番最初に終わった子が教師に何を言われるかというと、「プチ先生になってわからない子に教えてあげて」だ。ひどい時は「もうめんどくさいから本でも読んでいて」になる。このような状態になると、1番最初に終わった子がクラスから浮くことになり、最悪「あいついつも最初に終わっててなんかウゼェ」となり、イジメに発展したりしたりするのである。これが「浮きこぼれ」問題だ。これは決して誇大表現などではなく、私の小学校で実際に起こっていたことだ。私は「わかる人は手を挙げて」と言われたから手を挙げたのに、散々説明して私しか手を挙げなかった事実に激昂した算数の教師に「〇〇さんは黙ってて!!」と言われたことがある。黙るも何も、一言も話してもいないのだが・・・

公立の小学校での授業がこんな感じなので、私の住んでいる地域では頭のいい子はみんな中学受験をして難関中高一貫校に入学して行った。もはや小学校に通う意味が分からなくなってくる。小学校が楽しいならまだ良いのだが「浮きこぼれ」の子は文字通りクラスから浮いたり、イジメを受けたりするので救いがない。私の場合はクラスのみんなが優しかったのでそんなことはなく過ごせたから良かった。こんな教育で良いはずがないのだが、Twitterの事件を見る限り、10年間もこの状態のまま続いているらしい。まあ最終的に言いたいことは、「日本の教育ってなんかおかしいよね!!」

夕方から家事を頑張った話

10月21日、朝から起きて洗濯物をしようと思ったのだが、眠くて起きられず、起きたら15時を過ぎていた。今日は掃除も片付けも料理もしようと思っていたのに・・・と少し落ち込んだ。しかし、今からでもやるしかないなと思い、家が崩壊しかけていたので片付けから手を付けた。片付けが終わると、ルンバのスイッチを入れ、洗濯を始めた。この時間から洗濯をしても乾かないことは明らかだが、明日も晴れるようなので夜通し干しておけば良いかと思い、洗濯した。本当はあまり良くないようなのだが、洗濯物が溜まっているので致し方ない。洗濯機を回している間に、買い物に行った。この日はカレーを作ろうと思っていたので、その材料を買いに行った。最近気づいたのだが、家の周辺は結構物価が高い。特に野菜が高くて困っていた。色々見て回るうちに、野菜はスーパーで買うより個人商店で買う方が安いことに気がついた。今日は目を付けていた個人商店で野菜を買おうと意気込んでいたのだが、今日が日曜日だったため、休みだった。これにはかなりガッカリした。しかし、落ち込んでいても仕方がないので、1番安いと思われるスーパーに買い物に行った。夕方だったのでスーパーはかなり混んでいた。結構並んでなんとか買い物を済ませ、速攻で家に帰った。家に帰るとすぐに洗濯物を干した。残念ながらもう日は落ちてしまっていた笑。干し終わると、今度は料理に取り掛かった。料理の途中で油を切らしていたことに気づき、仕方ないので家から一番近いスーパーに買いに行った。本当に行き当たりばったりだな笑。なんとか料理が完成し、家を見渡すとまだ結構散らかっている。要らなそうな物がそこかしこに散らばっていた。また片付けを始めた。片付けは始めるとなかなか終わらない。やっている最中にお腹が空いてきたので、切り上げて一回ご飯を食べることにした。ご飯を食べた後、残ったカレーを冷凍し、ご飯を冷蔵した。この日は夫は仕事で東京に行っていたので、帰りが遅かったからだ。洗い物を終わらせ、また片付けに取り掛かった。ついでに洗面台とトイレとお風呂の掃除もした。ここまできてやっとやろうと思っていたことが大体終わった。その後、お風呂に入りブログを書いた。

ADHDは時間が拘束されなければ、色々なことが出来るなあと思う。毎日決まった時間に起きたり出かけたりすることは出来ないため、時間が決まっている仕事は出来ないが、時間が決まっておらず、何時までにやっておけばよいという仕事だったらやることができる。また、何時に行っても構わない職場だったら、ストレスなく仕事をすることが出来るだろう。ADHDには過集中というものがあるので、一度やる気が起きれば一気に終わらせることも可能だ。そんな仕事はあまりないが、真剣に探せば見つけることもできる。ADHDの人にとって、環境はとても大事だなと思う。ADHDの人は基本的には、普通の環境に合わせようとして、それが出来なくて病んでしまったり、2次障害が出てしまうことが多いと思う。ADHDの人にとって、普通の環境に適応するのはかなり難しいことなのだと思う。私も何度も挫折したし、もうほとんど無理なことが分かった。適応しようとして、かなり病んでしまい、死にたくなったことも数え切れないほどある。しかし、そういう環境に身を置かなくても生活していけるようにさえなってしまえば、こちらの勝ちだ。まあそうなるのも簡単なことではないとは思うのだが。実際にそうやって生きている人も居るには居て、楽しそうに生活しているなあと憧れている。私もそんな風に生きたいと思っている。まだまだ生き方を模索する日々は続く・・・

夫の言葉で一喜一憂する私

10月19日、気持ちはまだ落ち込んだままだった。涙が出て来て止まらない。夫の仕事を邪魔してしまったことがかなり心にキていた。私は今、アルバイトも何もしておらず、お金を稼いでいない。夫の稼ぎと貯金で養ってもらっている。その状況で、私の気持ちが落ち込んだことで夫の仕事を邪魔してしまうとか、もう私の存在価値なんてないし、もはや私が生きてる意味がないなとか思っていた。ずっと気分が塞いでいたままだったので、ショッピングモールに行くことにした。服を見るとテンションが上がると思ったのだが、全然テンションが上がらなかった。しょうがないのでミスドに行った。この日は夫が東京に行っていたのだが、ミスドにいる間に夫が家に帰って来ていた。なるべく早く帰った方がいいなと思い、すぐ帰ることにした。帰って、夫と話をしている時に、夫が「私がいるから俺は仕事を頑張れる」と言ってくれた。この1言で気持ちがだいぶ楽になった。私がいることで夫が仕事を頑張るモチベーションに繋がるなら私の存在価値あるじゃんと思ったからだ。私は本当に単純な人間だなと思う。でも、案外人間ってそういう結構単純なものなのではないかなとも思う。人間はみんな、恋人や配偶者の1言で落ちこみ、1言で嬉しくなる。そんなものではないかなと思う。

今回は落ち込んだ原因も回復した理由も夫の1言だった。結婚するまでは、誰かの1言でこんなに落ち込んだりすることはなかったなあと思う。しかし、悪い事ばかりではない。1人の時は落ち込むと回復するのが難しく、随分と時間がかかったりしたが、今は夫の1言で回復してしまう。また、無気力な時も実家にいる時は1日中寝ていたし、外に行くことも出来なかったけど、今は無気力になっても夫にどこかに連れ出してもらえたら回復するし、なんだかんだやらなければいけないことがあったりするので1日中寝ることはなくなった。結婚する前は極端に落ち込んで、生きている意味とか考え始めることもあったが、今はそれもなくなった。こんなにストレスなく生活が出来ているのも今まではなかった。夫のおかげで改善されたことは数多い。夫には感謝しかない。最初は結婚を良く思っていなかった私の両親も、私が元気で心穏やかに過ごしているのを見て、結婚して良かったと思うようになってくれた。その上、最初は夫を攻撃していたのに、今は夫に感謝しているみたいだ笑。これは夫の人間性もかなり影響していると思う。

まあ、結局落ち込むも楽しいと感じるも自分の心次第なので、これからはあまり落ち込むことなく楽しく毎日を過ごしていけたらいいなあと思う。

かなり落ち込んだ話

10月18日、調子が良く、気分が落ち着いていたのだが、夜、些細なことで気分がかなり落ち込んでしまった。些細なこととは、夫から少し強く責められた気がしたことだ。私は夫の言葉で落ち込んでしまうことが良くある。夫は強く言っているつもりはない言葉でも、私には強く感じられてしまう。夫に責められた気がすると、私はこの世に存在価値がないのではないかと思うくらい落ち込んでしまう。どうにかしないといけないのだが、私は自己肯定感が低すぎるので、ちょっと強く責められた気がしただけでそこまで落ち込んでしまうのだ。ただ、夫に言っても夫はそんなに強く言ったつもりはなく言ってしまうので、改善のしようがない。私が傷ついたと言っても、今度は夫がそんなに強く言ったかな…と落ち込んでしまう。結果、2人でずーんとなってしまう。

責められた気がして、落ち込んでしまったので、寝室にこもり、泣いていると、夫が気分転換に外にドライブしようと提案してきた。夜の21時くらいだったけど。とりあえず40分くらいドライブしていた。夫が運転してくれて、時々話しかけてくれたりしたけど、私はずっと泣いているだけだった。目的地の海に着いたら、結構寒かった。そこでちょっと話をしたら少し落ち着いたので、またドライブして帰った。今度は泣かなかった。家に着くと、今度は夫がかなり辛そうだ。どうしたのか聞くと、今日やろうと思っていた仕事が全然終わってないらしい。夫は夜から明け方にかけて仕事を終わらせることが多い。夜ご飯の後、何も起こらなかったら、その後仕事をするつもりだったのだろう。私は「しまった…」と思った。また夫の仕事を邪魔してしまった。夫の仕事には納期があるので、ハプニングが起きて無駄に時間が取られると、かなり大変なことになってしまう。私は傷ついて落ち込んでしまうと、周りが何も見えなくなってしまうのだが、落ち着いてから考えると大体私が悪いのだ。とりあえず落ち込んでいる夫と向き合うしかない。

色々話を聞いた後に、眠くなったのか夫は寝てしまった。寝るのは、落ち込んだ気持ちを回復するのに一番効果的だ。夫が寝られて良かったなあと思った。私も寝ようと思ったのだが、私が寝られなくなってしまった。グダグダしていると、夫が起きてきた。結局、私はお風呂に入ることにした。夫は仕事を始めた。仕事のやる気が入って良かったなあと思った。私はまた急に悲しくなってきてしまって、ずっと泣いていた。夫が仕事の目処がたったところで慰めに来てくれた。ポップコーンを作ってくれて、2人で食べた。食べながら少し話をしたら落ち着いて、寝ることが出来た。

というわけでかなり落ち込んでしまった話だ。2人で生活していると、実家にいる時は無かった悲しみがあるなと感じた。でも2人でいる方が全然楽しいので、結婚して良かったなあと思う。今後こういうことが無いように工夫していかなければいけないなと思った。

無気力の対処法

最近、すこぶる調子が良く、色々と活動していた反動で今日は無気力だった。無気力な時は、何もしないで寝ながらスマホをいじったり眠ったりして過ごしてきた。しかし、それを何日も続けても、結局無気力のまま動き出せない時もある。何年か前、本当に無気力な状態がずっと続いてしまい、何日も布団から出ることが出来ない時があった。その時、無意味だとは分かっていても、Googleで「無気力 やる気を出す方法」と調べたりしていた。書いてあることは決まって「とりあえず行動をしてみましょう」だった。脳は体が動き出すとやる気を出してくれるらしい。私はその時、そんなことは分かっているけど、その一歩動き出すやる気が出ないんだよ・・・と思っていた。今日は最近色々と活動して疲れていたこともあり、1日中寝ていようと思っていた。しかし、今日やらなければいけないことがあったため、やる気出ないなあ、どうしようかなあと、少し悶々としていた。すると、夫が「今日はショッピングモールに行きたいから一緒に行こう」と言ってきた。特に行く気は起きなかったが、夫が一緒に行きたそうにしていたので行くことにした。夫と出かける時は夫が車を出してくれるので、外出のハードルが少し下がる。ショッピングモールに着き、一番最初に服屋さんに行った。夫が服を買うために入ったのだが、お店に並んでいる服を見ていると、急激にテンションが上がってきた。私はもともとオシャレをするのが好きなのだ。服屋さんの雰囲気がそもそも好きだし、服を見てこういうコーディネートができるなあと想像するのがワクワクする。夫は私がもともと服を買うのが好きなことを知っているので、好きな服買えば?と言ってくれた。結婚する前は、結構頻繁に服を買っていたのだが、最近全然服を買わないので心配していたらしい。でも私は買うのはまた別なんだよなあと思ったので別にいいと言った。買う目的で服屋に入ると、何を買うか悩んでしまい、服を見るのが楽しくなくなってしまうからだ。最近は服を買う目的でなく自由に見るのが好きになってきた。お金を使わないでテンションが上がるので非常に良い。その後は、ミスタードーナツに行った。普段はドーナツしか買わないのだが、今日は飲み物も頼んでみた。すると、そこはセルフ形式で頼んだ飲み物が飲み放題のミスドだった。まためちゃめちゃテンションが上がった。私は飲み物を結構飲む人間なので、飲み放題はめちゃめちゃ嬉しい。帰る時には、もうテンションMAXだった。今日はショッピングモールに行って良かったなあと思った。

無気力な時は、外に行けばテンションが上がることがあると知っていながら外に行く気が起きないで家に引きこもってしまう。引きこもって体力が回復することはあるが、気分が晴れることは基本的に無い。無気力な時は、やっぱり外に出かけて行くべきだなあとは思うのだが、その一歩がなかなか踏み出せない。人生はままならないなあと思ってしまった。

家に帰って、今日やるべきことも終わらせることが出来たので今日は出かけて本当に良かった。無気力な時は自分から動き出すのはなかなか難しいので、これからは夫に頼んでショッピングモールにでも連れて行ってもらおうと思う。明日はアルバイトの面接だ。頑張ろう。

普通の人に擬態して生きてきた話

今日はなぜか6時に起きてしまった。とりあえず今日の昼食と夕食のメニューを考え、ご飯を炊いた後、買い物に出かけた。家の近くに24時間営業のスーパーがあるのでありがたい。必要な物だけを買い、家に帰った。ついでに昨日実家から持ってきた衣装ケースと服をまだ家に搬入していなかったのでやっておいた。ここまでやったら疲れてしまったため、2度寝をした。

今日は午後からアルバイトの面接があった。結婚してからアルバイトをしないで過ごしてきたのだが、そろそろアルバイトを始めたいなあと思っていた。しかし、なかなかやりたい仕事がなく、決まらずにいた。それと私は最近WEBデザインに興味があり、勉強しているのだが、ただ勉強するだけだとあまりやる気が起きないなあと思っていた。最近はその2つを主に考えていたのだが、昨日唐突にWEBデザインをするアルバイトをすればいいのではないかと思いついた。そして昨日早速検索してみたところ、家の近くで1件だけそれっぽい求人を見つけ、すぐに応募した。すると昨日のうちに電話がかかってきて、今日アルバイトの面接に行くことが決まった。私の持ち前の衝動性が発揮されている笑。昼頃起きて準備をしていると夫が起きてきた。家から駅までが少し遠いので駅まで車で送ってくれることになっていた。結局、今日昼食を作ることは出来なかったが、夫は昨日作ったカレーと味噌汁を食べてくれた。ご飯も炊いてあったので丁度よかった。

面接に行ってみたところ、私が思っていたのとは少し違う仕事内容だった。まだ大学に通っていることやWEBデザインの勉強をしたいことなどを赤裸々に話したのだが、あなたの思っている仕事内容とは違うということを指摘された挙句、やりたいことを1つに絞った方がよいと説教されてしまった。私はアルバイトの面接を受けるときに相手の都合の良いように擬態するのが得意なのだが、今回は擬態せずにありのままいったらこの有様だ。やっぱり擬態しなきゃダメなんだなと思った。アルバイトの面接だけでなく私は普段の生活でも普通の人に擬態して生きてきた。普通ではないことが分かってしまうと途端に人は態度を変えるからだ。その時の反応がすごく嫌いだ。思えば私の人生、家にいて家族と一緒に過ごしている時間以外はずっと普通の人に擬態して生きてきた。私の人生はほとんど擬態で出来上がっている。擬態していると本当の自分が何なのか分からなくなってしまい、自分の感情に鈍くなっていく。それでも素の自分は到底他人には理解できないだろうと思い、人間は理解できないものを排除したがる傾向があるので、排除されないために擬態するしか生きていく方法がないと思って生きてきた。それが最近は素の私を受け入れてくれる夫や、擬態して生きてきたことを分かってくれる夫の知り合いの方などに囲まれて、なんとなくありのままでも生きていけるんじゃないかと思うようになっていた。実際、今の私はありのまま生活している。しかし、やはり世間はそんなに甘くはなかった。ありのままを受け入れてくれる人の方が圧倒的に少ないのだなと思った。まあ今回の反省を生かして、他の面接ではうまいこと擬態して受かることにしようと思う。幸い、擬態するのは得意だ。

そのあとは歯医者の予約があったのだが、時間を間違えていた笑。今日、予約したことは覚えていたのだが時間までは覚えていなかったし、確認するのも忘れていた。結局歯医者に着いたのは、予約時間を20分ほど過ぎた頃だったが、なんとか診てもらえてよかった。次回からは間違えないようにしよう。

家に帰り、今日の朝買った材料で夕食を作った。夫は仕事で帰りが遅いので自分1人で食べた。最近、料理は意外と楽しいなあと思っている。レトルト以外で料理をし始めたのが本当に最近なのだが、やっぱり手料理はいいなあと思う。スーパーに行って冷凍食品や出来合いのものしか買わない生活は結構心が荒む。栄養も全然取れない。ここ最近気分が沈んでいたり、無気力だったり、すぐに疲れてしまう状況だったのはそのせいかなと思い始めている。これからはやる気があまりでなくてもなんとかスーパーまで行って料理をしてみようと思っている。その方が気持ちが楽だし荒まない。あと私は結構片付けが好きなので、料理中にぐちゃぐちゃになったキッチンを綺麗に戻す作業が結構好きだ。綺麗になっていくのが目に見えて気持ちいい。それだけでだいぶテンションがあがる。

そのあとは昨日持ってきた衣類の整理をした。実家にはあまり広いスペースがなかったので持っている衣類をすべて床に並べてみるなんてことは出来なかったのだが、今の家は結構片付いているのでそれが出来た。広げてみるとこんなにたくさん持っていたんだなあと驚かされた。片付けは得意なので30分くらいで綺麗に片付けることができた。今日も良い1日だった。明日、急に無気力にならないことを願う。